東京高等裁判所 昭和50年(う)311号 判決
被告人 長沢尚
〔抄 録〕
次に所論後段について検討すると、公職選挙法一四二条一項にいう選挙運動のために使用する文書とは、文書の外形、内容からみて選挙運動のために使用すると推知される文書をいうと解すべきところ、押収にかかる本件文書は、群馬県知事選挙、立候補等の文言の記載はないが、郵便はがき大の用紙の表面約五分の四の大きさに日本共産党群馬県常任委員、労働組合部長の肩書入りの小野寺慶吾の写真と氏名(「おのでらけいご」の振り仮名入り)を印刷し、その下に略歴を記載し、裏面約五分の四の大きさに、「小野寺けいご六つの約束」として群馬県政に関する六つの政策を掲載し、その下五分の一は切り取り線で区別して小野寺慶吾後援会申込書として使用できるようにしたもので、以上のごとき外形、内容からみて、本件文書は群馬県知事選挙の運動のために使用すると推知できる文書であるといわねばならないから、この点に関する所論もまた失当といわざるをえない。論旨は理由がない。
検察官の控訴趣意(量刑不当)について
所論は、原判決が被告人に対し罰金二万円の刑の執行を一年間猶予し、さらに公職選挙法による選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない旨云い渡したのは、その量刑が甚だしく軽きに失して不当であるというので検討すると、原判決が被告人に対し所定刑中罰金刑を選択したうえ、罰金二万円に処し、その刑の執行を一年間猶予するとともに被告人に対し公職選挙法による選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない旨の判決を云い渡したこと、そもそも公民権停止に関する前記法条の規定は、選挙の公正を阻害したものを再び選挙に関与せしめることが不適当であるとの考慮から、これをしばらく選挙権の行使から遠ざけ、選挙の公正を確保することを目的としたもので、これらの者に対しては公民権を停止するのが原則であることは所論のとおりであるが、右原則はいわゆる投票買収等の実質犯の場合と、本件のごときいわゆる形式犯の場合とではその適用に自ら差異のあることは当然のことであり、特に本件の被告人のごとく現職の安中市議会議員の場合には、右法条の適用が直にその資格の剥奪につながることを考慮すれば、右原則の適用については慎重な配慮を必要とすることも亦いうまでもないところである。ところで記録を調査し、当審における事実取調の結果を加えて検討すると、被告人の本件戸別訪問及び法定外文書頒布の所為は、被告人の所属する日本共産党の規約に基く、県民に対する議会報告等の党活動と共に行われたもので、買収、利益誘導等は勿論、投票依頼に関する会話は殆んど行われておらず、その他本件文書の内容、頒布枚数、被頒布者に与えた影響等を考慮すれば、本件所為が選挙の公正を害した程度は比較的軽微であったといわねばならないから、原判決が被告人の誠実かつ穏健な人柄と、真摯な政治活動が期待できる少壮政治家であることを考慮し、被告人に対し特に公職選挙法二五二条四項を適用して同条一項の規定による選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しないことにしたのは相当であって、この点に関する所論は失当であるが、原判決が被告人に対し、右罰金二万円の刑の執行を猶予した点については、原判決挙示の理由によるも当裁判所はこれを相当と認め難く、記録を精査し、当審における事実取調の結果を加えて検討してみても、被告人に対し右罰金刑の執行を猶予するのが相当であるとの情状を見出し得ない。してみれば原判決はこの点で量刑が軽きに失して不当であるといわねばならないから、この点の所論は正当であり、論旨はこの限度で理由がある。
(矢部 石橋 佐々木)